《プロポス》AUN「井上良平」が考える和楽器の魅力。常に伝統が新しいものを創り、その新しいドメスティックに徹すれば徹するほど、それはインターナショナルになる。

propos

はじめまして!井上良平です。

今回は和楽器メディアのプロポスへの初稿として和楽器の魅力とは何か、自分なりに考えて、書いてみようと思う。

鬼が未来の未を背負っているのが魅力の魅。鬼は何かしらカッコいいものだったのかもしれない。またこの話はいずれすることにして、まずは自己紹介から始めよう。

和楽器アーティスト 井上良平

僕は和太鼓を叩いて30年が経つ。18歳の時に、世界的に有名な和太鼓グループの鬼太鼓座と知り合い、1988年に双子の弟の公平と一緒に入座。それからの12年間、世界中を旅して、青春の全てを座に捧げることになる。汗と涙しか失わなかった2度と訪れることのない時間だった。

世界ツアーに明け暮れた20代の最後の節目となった西暦2000年のときに独立。公平とAUN(あうん)を結成。和楽器を使った独自の音楽を追求し始める。名前の由来は双子ならではの息のあったところをお見せしたいと「阿吽の呼吸」から頂戴した。

 

 

その後、2008年にAUN J クラシック オーケストラ(以下AUN J)を立ち上げ、いまに至る。AUN J は8人で構成され、和太鼓、箏、尺八、篠笛、中棹三味線、鳴物、といった和楽器だけを使用している。

それまではそれぞれがソロ楽器としても成り立っているのは、みなさんご存じかと思う。また和太鼓と篠笛は、音楽的に相性がいい。それぞれたくさんの楽曲があるし、歴史的にそれは不動のものだ。箏と尺八などは蜜月の仲といっていいほど、バランスがよく、三味線も含め、きちんとジャンル分けされて、家元、流派などで独立して成り立っていた。AUN J はそれらを一同に介して、日本の新しい音楽をつくることになる。

きっかけは「和楽器でジブリ」というファーストアルバムを2008年12月17日に発売したことだった。ちょうど「崖の上のポニョ」が封切りになった年だった。宮崎駿監督のジブリ作品は映画の公開と同時に楽譜も発売されるため、それを待ってからのアレンジ作りでもあった。まずどうやったらこのジブリの曲を和楽器に翻訳できるか手探りのなか始まった。7日間のレコーディングを経て、完成したときは、なんでも和楽器で演奏できると確信したことを覚えている。

 

それから和楽器を聞いたこともない人々にどうやったら伝えることが出来るか模索しながら毎年、精力的にアルバムを発表してしていくことになる。今まで通算11枚のフルアルバムをリリース。またミニアルバムや非売品、リニューアルジャケットなども含めると32枚ものアルバムをAUN J だけでつくることになる。それはデビューしたときには思いもしなかったことだ。和楽器だけで「なにができるか」「なにを伝えられるか」日本人が愛して、残してくれたこの和楽器を使って、現代に通じる音楽を作ることが、きっと未来の和楽器にとって、良いことだと感じていた。

 

<次は「井上良平が考える和楽器の魅力」>

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