《プロポス》AUN「井上良平」が考える和楽器の魅力。常に伝統が新しいものを創り、その新しいドメスティックに徹すれば徹するほど、それはインターナショナルになる。

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井上良平が考える和楽器の魅力

和楽器の魅力とはいったいなんなんだろう。以前、それらは主に日本の自然描写に魂を込めた音楽であった。雅楽に始まり、能や田楽、また寺や神社では祈りとともに神へ捧げる音でもあった。和太鼓に関しては田畑を守る虫追い太鼓、雨乞い太鼓を経て、祭りなどにつながり、秋の五穀豊穣を祝う命に直結した音だった。それは人が命をつなぐ歓喜に満ちたものであり、飢饉の時は悲しみくれる涙のリズムだったかもしれない。津軽三味線は、盲目の演奏者から紡ぎ出された音は、時代を変えて、独創楽器として新しい音楽に変わっていったのだ。尺八も虚無僧と呼ばれる演奏者が、仏の御心のままに、自然の音を探して、風と一体になろうとした音楽であった。そんな和楽器を聞いた時、綺麗な音、美しさや、懐かしさを感じるのは伝統楽器のもつ、ひとつの特徴かもしれない。その和楽器を使い、世界の音楽シーンに可能性を大きく広げることが出来ると思っている。

AUN J は、新しい音楽を作ること。誰も聞いたことがない音楽を作ること。それにはJ-Popやカバー曲であってもいいと思う。音楽は自由で、寛大で、人々に必要なものである。人間が絞り出すアイディアなど無限の可能性を秘めているからだ。リスクを恐れずに挑戦するアーティストでありたい。そんな気持ちを心に秘めて、今まで誰もやったことがない編成でのライブを続けてきたし、カバーアルバムも数多くリリースしてきた。

そして音楽は命を表現する手段でもあり、その音楽は感情や風景であって、映像がともなわなくてはならないとも思っている。それは明鏡止水の心象風景なのか、美しい雪月風花の故郷の景色なのか、または暮色蒼然の心の闇を表すものなのか。そして高山流水のような穢れのない愛を歌い上げるメロディーなのか、愛別離苦のような哀しみを癒す旋律なのか。

この瞬間でさえ、たくさんの音楽が産まれてくる背景は、ただ音楽的に理論として構築するだけでは、とうてい出来ない。なにか心にイメージするもの、なにかを伝えたいこと、どうしても口では言えないことや、言葉に出来ないこと。そんな喜怒哀楽を音に託すという気持ちがあるからこそ、新しい音楽や歌詞が産まれている。そんな楽しい音楽、哀しい音楽が作曲家の心のなかから、溢れ出すことは、当たり前のことでもある。また癒しの音楽、考えさせられる音楽などが無数にあり、そのなかの和楽器の役割、和楽器でしか出来ないことをきちんと理解して、和楽器の魅力とはなんなのだろう。例えば日本人で良かった。音色に懐かしさを感じる。自然と涙が出たなど、そんな和楽器の魅力を表現した言葉は多数ある。それだけだろうか?何百年と続いてきた楽器であり、音楽であり、日本人の心というべきものでもある。なんどでも言うが、日本人が愛して残してきた音楽なのだ。

今まで魅力について考えてきたが、きっと魅力とはそれぞれが感じることが大切なのだと思う。「あーこれいいな〜キレイだな」と“すっ“と、どこかで感じる一種の勘のようなものだ。

AUN J を始めてまず最初に感じたことは、いままで見たことも聞いたこともない音楽には人々は困惑し、その評価に人は臆病になるということだ。世界的に有名な演奏家を聴いて評価するのは簡単なのは、誰もがその良さを認めているからだ。しかし無名で若手の音楽家で、常識とはかけ離れた演奏されたら多くの人は口を閉ざすだろう。評価の基準は自分自信になるのだから。

まだまだ世の中で聞かれるような音楽から比べれば、和楽器を知らないひとは多い。けれどいつか和の音楽が世界に影響する時代が来ると思う。そして江戸時代のように、日常にある当たり前の音楽になればいいと思う。夢は小学生が夕日に照らされて、川の土手を学校で習っている篠笛を吹きながら帰る姿だ。そのためには、いろんなことに挑戦していくことが大事で、現状に安心していれば、未来はないんだと肝に命じている。

まだまだ和楽器の道はマイナーなジャンルで行く道は険しいと思う。でもどこか志をもって、演奏することが、和楽器の最大の魅力ではないかと思う。

響くとは故郷の郷に音と書く。その伝統楽器からほとばしる音は、心に届き、響きとなるはずだ。また音に心と書いて、意味の意。音に心が乗らなければ意味としてのメッセージが伝わらない。音だけでは、なんの意味もない。「響く意味のある心のこもった音」を出すということはそういうことなのかもしれない。

和楽器はそれほど、その人柄が映し出される素晴らしいものだと思う。ただ演奏するより、どうやったらこの音に心が乗り移るのか、音に心を乗せることが出来るのか?少しでも心に留めるだけでも音は変わり、演奏する者が、この気持ちを心の片隅で感じていただけたら、和楽器の魅力が多くの人に伝わると思う。そして皆が伝えてくれると思う。「意識」が変われば音が変わるのだ。「音楽には国境はない、しかし僕たちの音楽には国籍がある」これが伝統音楽に携わったものの使命だと感じている。

 

あとがき プロポス寄稿をして

久しぶりに考察しながら、文章に書き起こしてみた。まだまだ書きたらないところ、補足がいるような箇所もあったと思う。しかしこのような考え方のなかで、AUN J があったということを伝えておきたかったからだ。この秘めた志のもと、未来のミュージシャンが新しい和の音楽をつくる参考になれば幸いだ。最後まで読んでくれてありがとう。

ノルウェーオスロにて
井上良平

コメント

  1. […] 《プロポス》AUN「井上良平」が考える和楽器の魅力。常に伝統が新しいものを創り、その新しいドメスティックに徹すれば徹するほど、それはインターナショナルになる。はじめまして […]

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