previusly on 皮や ねもと
朝比奈嘉造氏の昔話の中に、原皮の重要性と調達の工夫があったという事に気が付き・・・
品質の良い皮を作ろうと思えば、厳選した原皮を仕入れてから加工すれば、ロスは少ない。当たり前のことだけど、意外と難しい。特に海外でそれをやるのは、不可能に近い。それでも、原皮を供給してくれる業者と交渉し、顔を知ってもらうしかないのである。時には酒食を共にしたりなど、人間関係が重要である。そこに関しては、若いくせに図太い神経ですので上手に立ち回れました。
さて、アドバイスを受けて、出来上がった商品を早速、大阪に持ち込みました。嘉造さんは、出来上がった皮を見て、一言。
「うーん、惜しい。これで銀面が綺麗にでてれば、いいんだけどね。」
銀面とは、前にも説明しましたが、皮の表面の繊細さやきめ細かさなどを表すのですが、三味皮の場合は、やや黄味、または緑味かった感じで、真っ白ではない表面が良いとされます。
確かに、今回出来上がった皮は表面がガサガサで色も茶色味をおびていました。嘉造さんは、ポケットから煙草をだすと、火をつけて、うまさそうに煙を宙に吐き、
「そーいえば、天津にいたころ、虫垂炎になってね。手術したんだよ。ねもとさんは、虫垂炎の手術したことあるかい?」
まったく脈絡のない突然の話題に、ついていけませんが、突っ込むのも失礼だし、まじめに
「いえ、ありません。でも、あの手術は今では、簡単な外科手術ですよね。」
嘉造さんは、煙草をもった手を振りながら、
「医者がいう簡単な手術っていうのは曲者だね。彼らにとって切った張ったは日常茶飯事で、簡単かもしれんが、切られた俺の術後の痛みはひどかったね。俺は、あの手術で死ぬかと思ったよ。軍医あがりの医者で、切り方、縫合の仕方が雑でね。俺の傷口みるかい?」
いきなりズボンを下ろしかけるので、あわてて
「いえ、結構です。大丈夫です。」
嘉造さんは、自分の傷口を見せたさそうにしながら、話をつづけた。
「そーかい、いやー今でも、縫合のあとがひどくてね。それでな、その縫合の時に使っていた糸、あるだろ。あの糸がやけに白くてね。この軍医殿に聞いてみたんだよ。この糸は、なんでできてるんですかって?すると、山羊だか羊の腸を、なんとかという液につけて滅菌したやつらしんだよ。それで、思いついたのよ。俺のところの皮も、あの液体に浸したら、白く綺麗にあがるんじゃないかって。」
笑いながら、嘉造さんは
「また、与太話に付き合わせちまったね。ははは。ま、がんばって。また出来たら持ってきて、見せてちょーだい。」
そう言うとさっさと店の奥に入ってしまいました。
皮に含まれている油は、かなり強いです。これを程よく抜き、膠室(にかわしつ)を残すことができたら、上質な三味皮となります。皮の油分をどのようにして抜くか、そして脱色するか?大いなるヒントが今回の話のなかにありました。
早速、東京に戻ると、大学の同級生で医学部に居た男に電話して、脱色方法を聞いてまわりました。そして、行き着いた答えが苛性ソーダでした。原皮をこの液体に程よく浸すと、確かに白くなりました。
現在では、三味皮のほとんどが、白く綺麗になっておりますが、実はこのような皮になったのは、戦後の民謡ブーム以降の話だそうです。既に鬼籍に入られたかつての職人さんのお話では、それ以前の皮と言うのは、しばらくすると皮が黄色に変色したり(油が浮いてきて黄ばむ)皮の強度も、現在のような強さはなかったと仰っておりました。
白く綺麗な皮、それでいて丈夫な皮を、と求められて現在の形になったというのが事実です。まさに必要は発明の母です。
つづく
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